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『西遊記』
呉承恩晩年の作品。
初唐の高僧玄奘(600〜664)による西天取経の労苦にみちた旅を主軸としている。玄奘の体験は、見聞録『大唐西域記』12巻や弟子彗立の『大慈恩寺三蔵法師伝』10巻などにまとめられいる。一方、彼の歴史的壮挙は次第に民間にも広まり伝説化していった。
南栄の小説『大唐三蔵取経詩話』に登場する猴行者は孫悟空の前身で、温厚な従者であったが、元代に入ると飛躍的に成長して奔放な活躍をはじめ、全体の構想も今日の西遊記にぐっと接近した。主人公孫悟空は乱暴者だったが素直で勇敢、その性格は、『水滸伝』の魯智深・李逵、『三国志演義』の張飛に通ずるタイプであり、おそらく語り物として講唱されてきた長い道程において、庶民の最も愛すべき英雄として形象化されてきたものに違いない。そして、『大唐三蔵取経詩話』の徹底した荒唐無稽さ、奇想天外な面白さは、さまざまの説話を吸収し発展させてきた庶民の創造力の所産であった。そうした流れの後に誕生したのが、呉承恩の『西遊記』である。
呉承恩
呉承恩(1500〜1582)は、江蘇省淮安の人。詩才豊かで『斜陽先生存稿』などを書いている。しかし、試験になかなか受からず、どうにか45歳で貢生になったにすぎず、郷試にも合格していない。60歳頃、浙江省長興県の県丞という低官を勤めたが、当時の社会から見るに不遇な一生をおくっている。
本
『西遊記』は、中国の四大小説(三国志・水滸伝・金瓶梅・西遊記)の一つに数えられており、邦訳の『西遊記』で代表的なものは下記の通りです。
『完訳 西遊記』(村上知行訳 上・中・下巻 社会思想社)
『西遊記』(小野忍・中野美代子訳 全10巻 岩波書店)
ちなみに、『西遊記』の粗筋は次の通りです。
(1)孫悟空が天上界で大暴れする話
(2)玄奘法師の身の上話
(3)唐の宰相、魏徴が夢の中の龍を斬る話
(4)西域への冒険旅行の話
村上知行さんや中野美代子さんの『西遊記』が出る以前にも、いろいろと西遊記の本が出版されていますが、それらの多くが(1)だけを扱った本であったため、(2)〜(4)のストーリーはほとんど注目されていなかったのが現状のようです。
確かに孫悟空が花果山の仙石から生まれ、変化術を身につけて天上界でさんざん大暴れを繰り返し、岩の割れ目に閉じ込められるという冒頭の部分は、私たちには大変面白いのですが、それ以後の天竺までの冒険旅行は、物語としてはあまり読まれていないようです。その意味で、『西遊記』の全容を知るためにも、上記のいずれかの本に一度目を通しては如何でしょうか。
『西遊記』に隠された秘密
西洋の錬金術と中国の煉丹術とは、多少の共通点はあるものの、それ以外は大分異なっているようです。そのあたりを『錬金術 近代化学の創立者たち』(平田寛・大槻真一郎訳 人文書院)の著者、フランク・S・テイラーが次のように述べています。
「中国の錬金術は、西洋のものと一致するどころかかなりちがっていた。両者に変成とか錬金の考えがあることはわかるが、中国人たちにとっての金は、通貨の媒介物ではなく、ある不滅の実体であった。だから、中国の錬金術師たちは、肉体の長寿とか不死をもたらしてくれる実体としての金をつくることを、できるかぎり力説した。」
以上から、西洋、中国共に錬金術ということばを用いるよりも、中国の場合は煉丹術ということばを用いた方がよさそうです。
秦の始皇帝が徐福に命じて、不老不死の仙薬をさがしに東海の彼方に遣わしたという話は有名です。それだけ中国では煉丹術ということばが示す通り、究極の目標が不老不死の仙薬、“丹”にあったのでしょう。その意味で、確かに中国の場合は、錬金術よりも煉丹術ということばの方が相応しいのかもしれません。
しかし、黄金を取り出す錬金術もなかったわけではありません。ここで、中国の煉丹術に関する最古の本である、『抱朴子』を取りあげてみましょう。
(『抱朴子』よりも古い煉丹術の本として、『周易参同契』がしばしば世間では引用されています。[例:『錬金術 仙術と科学の間』 p.27]しかし、『周易参同契』の現行本を読みますと、『抱朴子』よりも前の本であるにもかかわらず、そこに書かれている煉丹術は『抱朴子』よりもはるかに新しい内容です。そのため、『周易参同契』の現行本は後世の偽作である可能性がありますので、ここでは取りあげないことにします。)
『抱朴子』の巻四「金丹」では、不老長生のもとになる九丹の中で、丹華という丹の煉成法について次のように述べています。
「まず玄黄を用意しなければならない。それに、雄黄水、礬石水、戎塩、鹵塩、蠣石、牡蠣、赤石脂、滑石、胡粉おのおの数十斤を加える。これを六一泥で密封し、三十六日のあいだ火にかけていると丹華ができあがる。これを服めば、七日で仙人になれる。また、玄膏でこの丹華をまるめて猛火の上に置けば、やがて黄金となる。あるいは、丹華二百四十銖(一銖は約0.5グラム)を水銀百斤と合わせて火にかけても黄金はできる。」
これを実際に実験したという例が京都大学にあったことが、近重真澄著『東洋錬金術 化学上より見たる東洋上代の文化』で報告されているそうです。(『西遊記の秘密』 p.114 )
次に、錬金術と西遊記との関係について語り合っている、興味深いダイアローグをご紹介します。
藤原肇:錬金術で水銀を重要視するのは、水銀がアマルガムになることと、常温で液体である唯一の金属のせいです。水銀それ自体は大変有毒だが、虫歯の穴埋め用にアマルガムを利用しているように大変有用だし、アマルガムになった水銀の毒性はほとんど問題にならないはずです。水銀はミイラの保存用にエジプト人が使っているように、古代から屍体の防腐用に利用されたし、錬金術を通じて重要な機能を果たして来た。特に、方剤と呼ばれる中国流の仙薬を作る時にも、硫化水銀である丹砂を使った丹薬が不老長寿の秘薬として愛用されてきました。
藤井尚治:如意棒を存分に使いまくって孫悟空が大活躍する『西遊記』は、日本では天竺に仏典を求めて旅する三蔵法師のお伴をした孫悟空や猪八戒の冒険譚ということで、子供たち向けの活劇物語として読まれている。しかし、実は、道教に密着した煉丹術と易経に基礎を置く陰陽五行の思想で戯画的に描いた、中国における錬金術の秘書であるとも言われている。だから、中国の古典で一番興味深く含蓄に富むのが、『西遊記』だと言う人も随分と居ます。
藤原:孫悟空という強烈な生命力を持った生きものが、花果山という山が生んだ卵の中から誕生したストーリー自体、冶金的な寓意図になっている。まだ鍛練されていない始原状態にある第一物質(プリマ・マテリア)の猿は、燃えさかる野性の火の固まりのような荒々しい存在だが、幾多の試練と三蔵法師の教化を通じてメタルの純化が進み、最後には鉱滓を完全に除去した精錬済みの純粋なメタルになる。それが釈迦如来の前で成仏して闘戦勝仏として再生する孫悟空の一代記であり、これは石に始まって金に終わるという錬金術の寓意物語に他なりません。
藤井:そういえば、桃がいっぱい成った果樹園で、孫悟空が不老長寿の桃を盗み食いしたり、太上老君の仙薬の金丹を盗んで逃げたというエピソードもある。その罪として、天帝は悟空を金丹を煉る八卦炉にとじこめて、火あぶりの刑にするあたりの描写には、確かに錬金術的なプロセスと共通したものがありますね。
藤原:獅子奮迅と言うよりは、滅茶苦茶に暴れまくる孫悟空の行動様式をみると、これは炉の中で進行する冶金と鉄床の上での鍛練のプロセスが、一見すると荒唐無稽な状況で活写されていて、これはラブレーの『パンタグリュエル物語』と同類の寓意化した錬金術の秘伝書です。『西遊記』に頻繁に登場する竜は水銀の仮像であり、丹砂と不純金属の格闘が活劇の舞台を提供しているが、秘薬としての丹薬を愛用したものの、実際には、水銀中毒によって死んだ人も多いのではありませんか。
----------中略----------
藤井:錬金術は欲に目がくらんだ黄金造りのテクニックではないし、単なる懐古的な神秘主義やオカルトの遊技場でもない。また、近代化学の前駆的な稚ない反応実験のプロセスでもなければ、詐欺師が使うペテンのやり口でもないのです。
錬金術とは、医学、薬学、心理学、哲学、美学、博物学といった幅広い内容を包んだ学際的な学問体系であり、生命現象に関係したあらゆるものに対して、われわれがより深い洞察力を持つために、一歩ずつ自らを高めるためのステップを持った階段そのものであります。
(『間脳幻想』(藤井尚治・藤原肇著 東興書院)
最後の藤井博士の発言を読み、錬金術を見直す読者が増えることを期待します。
そして、錬金術に関心を持つ方に錬金術について重要な示唆に富む『w間脳幻想』(藤井尚治・藤原肇著 東興書院)を推薦しておきたいと思います。また、錬金術そのものの本として推薦できるのが、『錬金術』(白水社)です。
最後に、錬金術と馴染みの深いクラブを紹介しておきましょう。JR高田馬場駅の近くにある、「ニューアルケミスト・クラブ」です。“アルケミスト” (alchemist)は文字通り、錬金術師のことをさします。そして、このクラブのメンバーの一人に佐々木健人さんという方がいますが、佐々木さんは、「炭素から鉄が」などのテーマの講演をニューアルケミスト・クラブで行なったこともあり、また、錬金術によって黄金を取り出すことができるとも1999年4月10日に行なわれた脱藩会で語っていました。
そうした錬金術師の集うクラブに関心を持つ方がおられましたら、一度錬金術に関する講演会に参加されると面白いと思います。
また、このクラブでは、姉妹メールマガジン【科学と宗教を統合する世界観】を執筆しておられる実藤遠さんの講演会が月一回行なわれている他、脱藩道場総会や脱藩会もここで開催しています。
名著集
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