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日本脱藩のすすめ 第31号
中国古典(西遊記)
1999/04/19
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今回の中国古典シリーズは、『西遊記』です。
『西遊記』は、中国の四大小説(三国志・水滸伝・金瓶梅・西遊記)の一つ
に数えられており、邦訳の『西遊記』で代表的なものが、社会思想社の『完訳
西遊記』(村上知行訳 上・中・下巻)と、岩波書店の『西遊記』(小野忍
・中野美代子訳 全10巻)ではないかと思います。
ちなみに、『西遊記』の粗筋は次の通りです。
(1)孫悟空が天上界で大暴れする話
(2)玄奘法師の身の上話
(3)唐の宰相、魏徴が夢の中の龍を斬る話
(4)西域への冒険旅行の話
村上知行さんや中野美代子さんの『西遊記』が出る以前にも、いろいろと西
遊記の本が出版されていますが、それらの多くが(1)だけを扱った本であっ
たため、(2)〜(4)のストーリーはほとんど注目されていなかったのが現
状のようです。
確かに孫悟空が花果山の仙石から生まれ、変化術を身につけて天上界でさん
ざん大暴れを繰り返し、岩の割れ目に閉じ込められるという冒頭の部分は、私
たちには大変面白いのですが、それ以後の天竺までの冒険旅行は、物語として
はあまり読まれていないようです。その意味で、『西遊記』の全容を知るため
にも、上記のいずれかの本に一度目を通しては如何でしょうか。
さて、今回の執筆の主目的は、『西遊記』の中に潜む秘密の一部をあぶり出
そうという試みです。『西遊記』には9にまつわる数字の神秘、五行思想とい
ったいろいろな秘密が隠されていますが、紙幅の関係上、今回は「錬金術と煉
丹術」のみにテーマ絞りたいと思います。
西洋の錬金術と中国の煉丹術とは、多少の共通点はあるものの、それ以外は
大分異なっているようです。そのあたりを『錬金術 近代化学の創立者たち』
(平田寛・大槻真一郎訳 人文書院)の著者、フランク・S・テイラーが次の
ように述べています。
「中国の錬金術は、西洋のものと一致するどころかかなりちがっていた。両
者に変成とか錬金の考えがあることはわかるが、中国人たちにとっての金は、
通貨の媒介物ではなく、ある不滅の実体であった。だから、中国の錬金術師た
ちは、肉体の長寿とか不死をもたらしてくれる実体としての金をつくることを
、できるかぎり力説した。」
以上から、西洋、中国共に錬金術ということばを用いるよりも、中国の場合
は煉丹術ということばを用いた方がよさそうです。
秦の始皇帝が徐福に命じて、不老不死の仙薬をさがしに東海の彼方に遣わし
たという話は有名です。それだけ中国では煉丹術ということばが示す通り、究
極の目標が不老不死の仙薬、“丹”にあったのでしょう。その意味で、確かに
中国の場合は、錬金術よりも煉丹術ということばの方が相応しいのかもしれま
せん。
しかし、黄金を取り出す錬金術もなかったわけではありません。ここで、中
国の煉丹術に関する最古の本である、『抱朴子』を取りあげてみましょう。
(『抱朴子』よりも古い煉丹術の本として、『周易参同契』がしばしば世間
では引用されています。[例:『錬金術 仙術と科学の間』 p.27]しかし、
『周易参同契』の現行本を読みますと、『抱朴子』よりも前の本であるにもか
かわらず、そこに書かれている煉丹術は『抱朴子』よりもはるかに新しい内容
です。そのため、『周易参同契』の現行本は後世の偽作である可能性がありま
すので、ここでは取りあげないことにします。)
『抱朴子』の巻四「金丹」では、不老長生のもとになる九丹の中で、丹華と
いう丹の煉成法について次のように述べています。
「まず玄黄を用意しなければならない。それに、雄黄水、礬石水、戎塩、鹵
塩、蠣石、牡蠣、赤石脂、滑石、胡粉おのおの数十斤を加える。これを六一泥
で密封し、三十六日のあいだ火にかけていると丹華ができあがる。これを服め
ば、七日で仙人になれる。また、玄膏でこの丹華をまるめて猛火の上に置けば
、やがて黄金となる。あるいは、丹華二百四十銖(一銖は約0.5グラム)を
水銀百斤と合わせて火にかけても黄金はできる。」
これを実際に実験したという例が京都大学にあったことが、近重真澄著『東
洋錬金術 化学上より見たる東洋上代の文化』で報告されているそうです。(
『西遊記の秘密』 p.114 )
次に、錬金術と西遊記との関係について語り合っている、興味深いダイアロ
ーグをご紹介します。
藤原肇:錬金術で水銀を重要視するのは、水銀がアマルガムになることと、常
温で液体である唯一の金属のせいです。水銀それ自体は大変有毒だが、虫歯の
穴埋め用にアマルガムを利用しているように大変有用だし、アマルガムになっ
た水銀の毒性はほとんど問題にならないはずです。水銀はミイラの保存用にエ
ジプト人が使っているように、古代から屍体の防腐用に利用されたし、錬金術
を通じて重要な機能を果たして来た。特に、方剤と呼ばれる中国流の仙薬を作
る時にも、硫化水銀である丹砂を使った丹薬が不老長寿の秘薬として愛用され
てきました。
藤井尚治:如意棒を存分に使いまくって孫悟空が大活躍する『西遊記』は、日
本では天竺に仏典を求めて旅する三蔵法師のお伴をした孫悟空や猪八戒の冒険
譚ということで、子供たち向けの活劇物語として読まれている。しかし、実は
、道教に密着した煉丹術と易経に基礎を置く陰陽五行の思想で戯画的に描いた
、中国における錬金術の秘書であるとも言われている。だから、中国の古典で
一番興味深く含蓄に富むのが、『西遊記』だと言う人も随分と居ます。
藤原:孫悟空という強烈な生命力を持った生きものが、花果山という山が生ん
だ卵の中から誕生したストーリー自体、冶金的な寓意図になっている。まだ鍛
練されていない始原状態にある第一物質(プリマ・マテリア)の猿は、燃えさ
かる野性の火の固まりのような荒々しい存在だが、幾多の試練と三蔵法師の教
化を通じてメタルの純化が進み、最後には鉱滓を完全に除去した精錬済みの純
粋なメタルになる。それが釈迦如来の前で成仏して闘戦勝仏として再生する孫
悟空の一代記であり、これは石に始まって金に終わるという錬金術の寓意物語
に他なりません。
藤井:そういえば、桃がいっぱい成った果樹園で、孫悟空が不老長寿の桃を盗
み食いしたり、太上老君の仙薬の金丹を盗んで逃げたというエピソードもある
。その罪として、天帝は悟空を金丹を煉る八卦炉にとじこめて、火あぶりの刑
にするあたりの描写には、確かに錬金術的なプロセスと共通したものがありま
すね。
藤原:獅子奮迅と言うよりは、滅茶苦茶に暴れまくる孫悟空の行動様式をみる
と、これは炉の中で進行する冶金と鉄床の上での鍛練のプロセスが、一見する
と荒唐無稽な状況で活写されていて、これはラブレーの『パンタグリュエル物
語』と同類の寓意化した錬金術の秘伝書です。『西遊記』に頻繁に登場する竜
は水銀の仮像であり、丹砂と不純金属の格闘が活劇の舞台を提供しているが、
秘薬としての丹薬を愛用したものの、実際には、水銀中毒によって死んだ人も
多いのではありませんか。
----------中略----------
藤井:錬金術は欲に目がくらんだ黄金造りのテクニックではないし、単なる懐
古的な神秘主義やオカルトの遊技場でもない。また、近代化学の前駆的な稚な
い反応実験のプロセスでもなければ、詐欺師が使うペテンのやり口でもないの
です。錬金術とは、医学、薬学、心理学、哲学、美学、博物学といった幅広い
内容を包んだ学際的な学問体系であり、生命現象に関係したあらゆるものに対
して、われわれがより深い洞察力を持つために、一歩ずつ自らを高めるための
ステップを持った階段そのものであります。
(『間脳幻想』(藤井尚治・藤原肇著 東興書院)
最後の藤井博士の発言を読み、錬金術を見直す読者が増えることを期待しま
す。
そして、錬金術に関心を持った読者に錬金術について重要な示唆に富む『間
脳幻想』(藤井尚治・藤原肇著 東興書院)を推薦しておきたいと思います。
また、錬金術そのものの本として推薦できるのが『錬金術』(白水社)です。
最後に、錬金術と馴染みの深いクラブを紹介しておきましょう。JR高田馬
場駅の近くにある、「ニューアルケミスト・クラブ」です。“アルケミスト”
(alchemist)は文字通り、錬金術師のことをさします。そして、このクラブ
のメンバーの一人に佐々木健人さんという方がいますが、佐々木さんは、「炭
素から鉄が」などのテーマの講演をニューアルケミスト・クラブで行なったこ
ともあり、また、錬金術によって黄金を取り出すことができると今月10日に
行なわれた脱藩会で語っていました。
そうした錬金術師の集うクラブに、今回のメールマガジンで錬金術に関心を
持った読者がおられましたら、一度錬金術に関する講演会に参加されると面白
いと思います。
また、このクラブでは、姉妹メールマガジン【科学と宗教を統合する世界観
】を執筆しておられる実藤遠さんの講演会が月一回行なわれている他、今春か
ら脱藩道場総会や脱藩会もここで開催するようになるなど、脱藩道場とも繋が
出来つつあります。そして、脱藩道場・編集部ではときどき実藤遠さんの講演
会を中心にニューアルケミスト・クラブに顔を出していますので、今後、錬金
術に関する講演会が開催されることになりましたら、メールマガジンにてお知
らせしたいと思います。
■参考文献
・『完訳 西遊記』(村上知行訳 上・中・下巻 社会思想社)
・『西遊記の秘密』(中野美代子著 ベネッセコーポレーション)
・『宇宙巡礼』(張錦春・藤原肇著 東明社)
・『間脳幻想』(藤井尚治・藤原肇著 東興書院)
・『小周天』(張明澄・篠原曠安著 東明社)
・『錬金術 仙術と科学の間』(吉田光邦著 中央公論社)
==========================訓言==========================
韋編三度絶つ
[いへんみたびたつ]
読易韋編三絶
『史記』(孔子世家)
解説 同じ本をくりかえし熱心に読んだので、なめし革
でとじた本がこわれてしまうこと。
現代は活字離れが甚だしく、名著や長篇大作を読み通すと
いう人は少なくなりました。逆に、漫画、週刊誌、スポー
ツ新聞が“熱心”に読まれているのが現実です。しかし、
世の中には、何度もくりかえして読むべき名著も多いので
す。人生という時間には限りがあります。僅かな時間も惜
しんで、出来るだけ多くの名著を何度もくりかえして読む
という習慣を是非身につけたいものです。
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脱藩道場 編集部 亀山信夫 葛巻岳
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