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               日本脱藩のすすめ  第37号
                
                  中国古典(韓非子)

                                                       1999/05/31
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 今回の中国古典シリーズは、『韓非子』です。

 韓非と言えば、法家の第一人者としてその名を知られています。では、最初
に韓非の生涯を振り返えるところから筆をすすめていきたいと思います。

 韓非(?〜BC233) は、小国だった韓の庶公子として生まれています。韓非
は、富国強兵のための学問を身につけるべく、当時の代表的学者であった荀子
のもとで学んだのを皮切りに、商子(鞅)の「法」、申不害の「術」、慎到の
「勢」等を学び、それらを統合して、独特の統治理論「法術」を編み出すにい
たりました。
   皮肉にも、韓非の「法術」を採用したのは韓非が生まれた国の韓王ではな
く、秦王(のちの始皇帝)でした。それは、秦王が韓非の著作を読んで大変感
銘を受けたからであり、秦王は何とかして韓非に会いたいと思っていたところ
、韓非のかつての同学の徒であり、秦王の下にいた李斯が秦王のために策を立
てたのです。それは秦は韓を攻撃するという荒っぽいものでした。そして、韓
は韓非を使者として秦に遣わし、和を乞いました。
 秦王は韓非を引見したものの、すぐには韓非を登用しませんでした。すると
かつての同学として韓非の力を知りぬいてい李斯は、韓非が登用された場合に
自分の地位が危うくなるという恐れを抱きはじめ、ついには韓非を罠に陥れた
のです。そして、韓非は牢獄に放り込まれました。李斯が獄中の韓非に毒を送
り、絶望した韓非は自ら毒をあおって果てたのでした。

 それにしても、韓非子の思想の中心である法家とは何だったのでしょうか。
『中国の古典名著 総説』(自由国民社)に書かれてある法家の説明文を引用
してみましょう。

   弱肉強食の戦国時代にあって、亡国をまぬがれるには、みずから
   富国強兵を達成して、他国にうち勝たねばならぬ。そのためには
   、まず何よりも、君主が強力な統治力を持つことが大事である。
   君主が力に頼らず個人的な感化力(徳)を人民のひとりひとりに
   まで及ぼし、それによって統治をすすめるような迂遠な考え方は
   この乱世には通用しない。しっかりとした体系をつくりあげ、君
   主自身が要所をがっちり抑えていくべきである。こうすれば、ど
   んな凡庸な君主でも何をしなくても(無為にして)、立派に国は
   治まるのである。
   この体系的な方法こそ「法術」である。
   法術の「法」とは、明文化して人民に提示すべきもの。つまりは
   法律のことである。そのうえで「術」を用いる。これは君主が胸
   のうちに秘めて、それとさとられぬように使うことが肝腎だ。奥
   の手を見抜かれたのでは、効果はゼロに等しくなる。
   術とは、ひとことでいえば、君主による臣下統御術である。この
   場合、臣下とは、君主に仕える者の総称と考えてよい。上は大臣
   から下は一般官使、ときには人民まで包括するのである。君主た
   る者はかれら臣下が敬愛の念から自分に仕えているなど、ゆめゆ
   め思ってはならない。臣下というものは自分の利益しか眼中にな
   い。かれらは君主が権力を握っているがために、やむをえず臣下
   たることに甘んじているにすぎない。したがって、ひとたび君主
   の権力弱化を見てとれば、君主の支配を排除しようとさえする。
   それが、より大なる利益追求の道だからである。

 「上古の時代は道徳で競走し、中世は智謀で争い、現今は気力で争う」とい
う韓非子の思想の核を、ものの見事に言い表していると言えそうです。
 いずれにせよ、独裁的な専制体制をうちたてた秦の始皇帝が韓非の学説を大
幅に採用したことは、韓非が専制への道を拓いたとも言えます。
 そして、漢になって儒教が国教として採用されるようになってから後の幾多
の帝国も、韓非の法術思想がそれらの帝国の裏を支えていたということを見落
とすべきではないでしょう。
 しかし、ここで注意すべきことは、法術とはその性格からして考えるに、君
主独裁の専制体制を説くものではなかったという点は、韓非のためにも弁護し
ておきたいと思います。



 それにしても『韓非子』全編を通して受ける印象は、韓非の持つ非情な人間
観ということに尽きます。
 たとえば、次のごとくです。

    「すべての人間は利害によって動くものである。恩愛によっ
    て繋がれているなどと考えるのはまったく誤っている。親子
    の仲でさえ、男が生まれたときと女が生まれたときとでは、
    その扱い方にははなはだしい相違があるというのは、そこに
    利害をはかる考えがあるからだ。ましてあかの他人の君主と
    国民の間、そこには愛に期待すべきものは少しもない。」
                          (六反篇)

    「兵士が命がけで戦い、臣下が忠義を尽くすのも恩賞めあて
    にほかならない。そして民衆というものは、要するに威勢に
    は屈服するが、秩序を慕うようにはできにくく、愛情をかけ
    てやればすぐつけ上がってくるものである。」
                          (五蠧篇)

 韓非がこうした人間観を身につけるにいたった背景には、荀子の性悪説から
受けた影響や、韓非が生きた時代は、戦国末期という苛烈なものだったという
こともなどがあるでしょうし、韓非が貴族の出だったということも関係してい
たかもしれません。

 韓非の持つ非情な人間観に対しては、脱藩道場・編集部は必ずしも与するも
のではありません。しかし、『韓非子』にある毒は行使はしないにしても、そ
の毒がどういうものであるかを知っておくことが肝腎です。
 毒を知っていながらそれを使わず性善説を貫く、そうした姿勢を脱藩道場は
今後も保っていきたいと切に思います。



 最後に、『韓非子』から金言の幾つかを紹介しておきましょう。

    夫れ安利はこれに就き、危害はこれを去るは、此れ人の情な
    り。今、臣と為り力を尽くして以て功を致し、智を竭くして
    以て忠を陳ぶる者は、其の身困しみて家貧しく、父子其の害
    に罹る。姦利を為して以て人主を弊い、財貨を行りて以て貴
    重の臣に事うる者は、身尊く家富み、父子其の沢を被る。人
    焉んぞ能く安利の道を去りて危害の処に就かんや。国を治む
    ること此くの若く其れ過てり。而して上、下の姦なく吏の法
    を奉ずるを欲す。其の得べかざる亦明らかなり。
                        (姦劫弑臣篇)

[通釈]
 そもそも、安泰で有利なものには身をよせ、危険で有害なものからは身を避
けるというのが人情である。いま、人の臣下となり、全力を挙げて手順をたて
、知恵をしぼってまごころを開陳する者は、その身は不遇で、家は貧しく、親
子ともに危害にあう。反対に、よこしまな利益をむさぼって君主の目をごまか
し、賄賂をおくって顕貴の臣にとり入る者は、その身は栄達し、家も豊かにな
り、親子ともに恩恵をこうむる。これでは、人々は、どうして安泰で有利な道
を避けて危険で有害な道につこうとするのであろうか。国を治める方法が、こ
のように誤っているにもかかわらず、お上では、下々に悪事のないように、役
人が法律を遵守するようにと望んでいる。とても実現できないことは、明白で
ある。

●真に実力のあるものを集め、各々がその天分を発揮すべく適材適所に配置す
るべきなのです。そして、新しい時代に適応出来ない老人たち、特に利のみを
追求しているような欲ボケ老人たちには一刻でも早く消えてもらうのが日本の
ためになります。
 そうしないことには、21世紀に本格化する情報化社会での“日本沈没”は
避けられないものになってしまいます。
 日本にこうしたことを実行出来るリーダーシップを発揮出来る指導者を望む
のは、高望みなのかもしれません。何故なら、欲ボケ老人たちは、“安泰で有
利”な現在の地位をなかなか手放さないでしょうから。
 しかし、“全力を挙げて手順をたて、知恵をしぼってまごころを開陳する者
”を登用していかない限りは、日本の危機はますます避けられないものとなり
、優れた人材の海外流出は避けられないものとなります。


    夫れ草茅を惜しむ者は禾穂を耗し、盗賊に恵む者は良民を傷
    る。今刑罰を緩くし寛恵を行なうは、是れ姦邪に利して善人
    を害うなり。此れ治を為す所以に非ざるなり。
                           (難篇)

[通釈]
 そもそも、雑草を惜しんでいる者は、稲穂をだめにするし、盗賊を憐れんで
いる者は良民を傷つけるものである。いま、刑罰をゆるやかにし寛大な恩恵を
ほどこすのは、つまり、悪人どもに味方をして善人たちを害するものなのであ
る。これは、正しい政治のあり方ではない。

●住友商事で起きた銅の先物の不正取引によって、18億ドルもの巨額損失を
出した事件がありました。結果としては一部長による個人犯罪という結末で終
っていますが、これはどう考えてもおかしいと言わざるを得ません。第一、商
品取引は24時間の取引行為であり、たった一人の部長が不眠不休で仕事がで
きるわけがなく、それが10年間も不正が続けられたのであるから組織ぐるみ
でやったことは明白です。
 これは、幾人もの検事総長経験者が半ば天下りの形で、住友銀行や住友商事
の顧問や監査役になり、高給で番犬役をやっていたから不祥事の解明が難しい
のは当たり前の事なのでしょう。
 こうした慣行に検察が毒されている限り、日本では社会正義が一向に通用し
ないでしょう。
 これは住友商事に限らず、長期信用銀行、野村証券、山一証券などにしても
しかりです。銀行や証券会社の不祥事が続発しているというのに、罪を問われ
た銀行のトップは一人もおらず、皆が責任を執らずに慰労金や退職金をもらっ
ている有り様です。これは泥棒に追い銭に等しい行為であり、日本の政治の姿
勢、“悪人どもに味方をして善人たちを害する”やり方に他なりません。


 再来週も中国古典シリーズをお届けします。




==========================訓言==========================

季布の一諾 
[きふのいちだく]
得黄金百斤、不如得季布一諾  『史記』(季布伝)
解説  信頼できる人物の一言は、いかなる保証よりも信用
できること。 

季布は、漢初の人物。賢明さと任侠で名声があった。当時、
人々は「季布が一度引き受けたら、黄金百斤よりも重みがあ
る」と言ったという。 
日本語では、「武士に二言はない」、英語では、「My word 
is my bond」ということになる。頼まれごとを引き受ける時
にはくれぐれも慎重であらねばならないが、いったん引き受
けたからには、約束は必ず守るという心構えが大切です。 

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脱藩道場 編集部  亀山信夫 葛巻岳
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発行 インターネットの本屋さん『まぐまぐ』http://www.mag2.com/
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発行部数 607


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