********************************************************************
日本脱藩のすすめ 第42号
セマンティックス(3)
1999/07/05
********************************************************************
[お知らせ]
メールマガジン【日本脱藩のすすめ】第38号及び第40号の「セマンティ
ックス・シリーズ(1)・(2)」において、セマンティックスとは何かとい
うことについて、そのアウトラインを示しました。そして、いよいよ今号より
本格的にセマンティックス・シリーズを開始したいと思います。
開始するにあたり、読者に以下のお願いがあります。
■■■
■■■ セマンティックス討論会
■■■
メールマガジン【日本脱藩のすすめ】第40号において、「意味論音痴が日
本を亡ぼす」という小室直樹さんと藤原肇さんの対談記事を転載しました。今
後は、この記事を叩き台に、隔週のペースでセマンティックスを取りあげてい
くつもりです。
そこで、メールマガジン【日本脱藩のすすめ】の読者の皆さんと共に、脱藩
コミュニティの[脱藩道場掲示板]を使って、セマンティックス討論会を行な
いたいと思います。そして、読者の皆さんの積極的な参加をお願いする次第で
す。参加を希望される方は、下記のURLをクリックしてください。そうすれ
ば、脱藩コミュニティの入口(ホームページ)に行けます。
http://www.simcommunity.com/sc/dappan
最初に、[新規入会]をクリックして、脱藩コミュニティ・メンバーの登録
を行なってください。ここでは、「メンバーID」、「パスワード」、「メー
ルアドレス」を説明に従って入力するだけでOKです。
次に、再び脱藩コミュニティの入口に戻り、[掲示板]をクリックしますと
、[脱藩道場掲示板]のページに行きます。
大勢の読者の参加をお待ちします。
■■■
■■■ 藤原肇さんからのメッセージ
■■■
メールマガジン【日本脱藩のすすめ】第40号の「意味論音痴が日本を亡ぼ
す」は、小室直樹さんと藤原肇さんの対談記事の転載でしたが、対談者の一人
、藤原肇さんから以下のメッセージを戴いております。
[ニューリーダ」の1994年新年号に掲載された、[意
味論音痴が日本を亡ぼす]と題した小室直樹さんとの対談が、
第40号のセマンティックス・シリーズで取り上げられ、皆
さんの議論の叩き台を提供したことにより、今後の議論の展
開が大いに期待されます。
ただ、この対談が意味論の内容の理解を前提に行われ、そ
の基本条件になる言葉における意味の役割や、言葉における
概念化のプロセスについて、歴史的な発展の側面での検討が
省略されています。評価と糾弾が対話の中心を構成するため
に、説明がない決めつけが多いという印象を与え、理論的な
理解が困難だった人もいたはずです。
日本人が抽象化に対して持つあいまいさを逆用して、具体
的な名詞の意味のすり替えを行って来たという、律令時代の
頃から長らく日本人を支配した、権力者の愚民政策を糾弾す
るのに急な余り、説明が不足していたのは確かと言えます。
日本語の概念化のプロセスを考察するのに、連立方程式や微
分方程式を使って解き、セマンティックスを四則計算の水準
で検討しなかったのは、大学のゼミでない一般読者には配慮
不足でした。小室博士が数理発想の名人であるために、彼の
偏微方程式を使った因果律に対して、私が解析のレベルでの
対応を試みたとはいえ、本当は鶴亀算のやり方を採用したら
親切でした。
この議論に対応する歴史分析の資料としては、『虚妄から
の脱出』(藤原肇著 東明社)の「第四文明期とヤマトニズ
メーション」の記述に、憲法の制定と錯乱現象の対応として、
きわめて分かりやすく書いたものがあるので、それを下敷き
にして使い病理診断に活用して下さい。
鶴亀算的な解説のヒントとしては、次のようなストレス現
象を考えたらどうですか。
「言葉の歴史は具体的なイメージから抽象的な概念に発展
し、子供の成長と同じで段階的な発達を必要とするが、日本
語ではその過程をスムーズにたどれなかった。「万葉集」や
「古事記」に見られるヤマト言葉は、音声的な言霊に支配さ
れた言説であり、意味よりも響きが主体で具体的だったので、
抽象概念には無縁な世界を構成していた。
ところが、日本人が抽象概念に結びつこうとした奈良時代
に、中国から抽象語が大量に雪崩込んで来たので、それに対
応する概念を持ち合わせない日本人は、意味を正確に掴まな
いまま漢語を借用したし、一部の知的エリートは憲法の条文
まで作り上げた。
同じことは明治時代の文明開化の時にも行われ、西周など
を中心にした啓蒙主義者により、欧米の抽象概念を漢字に置
き直すことで、なんとなく理解のイメージを作り出そうと試
みた。だが、日本の啓蒙主義はヨーロッパの百科全書派と異
なり、言葉の概念化において徹底しなかったので、意味論の
レベルで中途半端のままだった。次に敗戦後になるとその知
的な努力も無くなり、音声をカタカナに置き換えただけで済
まし、気分の良い漢字を並べた概念化には手を抜いたので、
「仏を作って魂入れず」の状態が続いた。だから、具体語か
ら抽象語という成長の自然プロセスがなく、漢語の抽象語を
具体的に翻案したのが、各憲法であり、言葉の背後の思想を
抜きに技術導入を済ませて来た。
結論を言えば、外来文化の翻訳力を良い具象名詞に置き換
え、役人や政治家として君臨する立場を握る者が、抽象概念
を都合の良い具象名詞に置き換え、それを支配のノウハウに
使っているのが日本の政治であり、その暴露と糾弾が対談の
真髄になっています。
(藤原肇 7月1日記)
■■■
■■■ 脱藩道場編集部からのメッセージ
■■■
文明の次元から世界の潮流を眺めると、今や人類は大転換期を迎えようとし
ていることは一目瞭然であり、当メールマガジンで幾度か繰り返し述べてきた
ところです。
では、新しい時代を迎えるにあたり、どうすればいいのでしょうか。
最初に、今までの工業化社会では、金太郎飴型のように規格にはまった人間
を必要としてきました。しかし、次なる情報化社会ではそうした金太郎飴タイ
プの人間は、時代に取り残されるだけです。
情報化社会では、どういう人間が求められるのか?
答えは、インテリジェンスを身につけた人間です。
現在、終焉を迎えつつある工業化社会のエネルギは石油ですが、情報化社会
でのエネルギは情報になります。つまり、次の新しい時代をリードしていくの
は情報を握った人間ということであり、それは、インテリジェンスを身につけ
た人間ということに他なりません。
このインテリジェンスを身につけるためには、最初に、セマンティックスを
マスターする必要があります。そのためには、セマンティックスについてお互
いに情報交換を行ない、セマンティックスを身につけたいという同志と、切磋
琢磨していく場が必要であると思うに至りました。これが、脱藩道場掲示板を
立ち上げた主な理由です。
読者の皆さんの積極的な参加を期待します。
前書きが長くなりました。早速、前々号の「意味論音痴が日本を亡ぼす」を
叩き台に、本題であるセマンティックスに入っていきたいと思います。
[1] 「コミュニケーションの成立しない国」
小室直樹:あの頃は「脱ニッポン」なんて言うと異端者扱いだ
ったが、今ではそういう本が続々ベストセラーになっている。
最近は日本の方がおかしくなって潰れかけているが、それにし
ても、あの頃から今までこの国はよくもったものだ(笑)……。
脱藩道場・編集部でも、メールマガジンに【日本脱藩のすすめ】というタイ
トルを使っています。「日本脱藩」ということばのイメージから、未だに一部
から極右のホームページ、あるいはメールマガジンだという批判が届く有り様
です。しかし、それは明らかな間違いであるということが、長いおつき合いを
して戴いている読者の皆さんにはよくわかって戴いているものと思います。
さて、ここで小室さんが言っている、「あの頃」とは、17年前のことを指
します。当時であれば、もっと数多くの批判や抗議のメールが届いたことでし
ょう。つくづく時の流れを感じざるを得ません。これは、「日本脱藩」という
ことばから受けるイメージが、わずか17年という短い時間の間に変化してき
たということの証であると思います。まさにことばは生き物であり、そこにセ
マンティックスを学ぶ理由のひとつがあるのです。
40号に転載した小室直樹さんと藤原肇さんの対談が行なわれたのは、今か
ら5年前の1994年のことです。小室さんは「この国はよくもったものだ」と言
っていますが、二人の対談からさらに5年が経過したというのに、まだ日本は
潰れなかったというのも奇跡ではないでしょうか。
ここで、小室直樹さんが言う、「よくもったもんだ」という言葉の真の意味
を知りたい読者は、小室さんが著した『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』
を一読願います。この本は、日本の政治を知るためには欠かせない三大名著の
ひとつです。(他の二冊は、丸山真男の『戦中と戦後の間』および永井陽之助
の『現代と戦略』)
ここで、『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』について、編集部で言及し
たメールがありますので、参考までに取りあげておきます。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
[共同体]
HさんとKさんの間で、共同体について話題が交わされいた
のを興味深く読みました。
共同体は、昨日議論になった日の丸と君が代に深く関わって
くると思います。そこで、小生も一言。
共同体という言葉で直ちに思い出したのが、小室直樹博士の
『危機の構造』そして、在オーストラリアの杉本良夫教授の
『超管理列島ニッポン』です。
杉本教授の風貌は、どこかHさんを思い出させるものがあり
ます。同時に思想的に非常にHさんと似通っているものがあ
りますね。
(Hさん)
>「国家」=「運命共同体」ともいうし、「原始共同体」とい
>う言葉もありますね。ホントはちゃんと定義して言葉は使っ
>た方がいいのだけれど、「自然共同体」というような意味あ
>いで使ってしまいました。
これはHさんが常に言っていることであり、また、その通り
だと思います。人工的に造られた国家と対極にあるのが、H
さんの言う「自然共同体」なのでしょう。これは造語ですが、
「民族共同体」という言葉でも良いと小生は思います。ここ
で言う、“民族”とは、同じ言葉を母語とする集団だと言い
換えることが出来そうです。ですから、南米に根をはったM
さんなども遠地ではあるものの、日本語を母語としている点
で同じ民族共同体の仲間です。
それ以外に人種的に同じであることを同一民族とするといっ
た定義や、宗教を同じくするということを同一民族とすると
いう定義もあります。
さて、共同体ですが、日本の共同体は、他国とは大分異なる
ような気がします。
他国では、学校や会社などの機能集団と共同体は明確に分離
されています。
ここで、他国で言う共同体とは、宗教共同体、人種共同体、
地域共同体などを指し、これは世界至るところに有ります。
しかし、日本では、本来は機能集団であるはずのものが、同
時に共同体になっているという摩訶不思議さがあります。
この辺になると社会科学の知識が要求されそうです。そこで、
上述の小室直樹博士がその摩訶不思議な点について分析して
いますので、以下にそれを転載します。
(『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』から)
======================================================
何故このような奇妙な現象がみられるのか。その発端となっ
たのが、戦後日本における全面的急性アノミーである。その
源泉は、(1)天皇の人間宣言(2)デモクラシー神話の崩
壊(3)共産主義神話の崩壊である。とくに致命的なのは(
1)である。(その他はいずれも天皇の人間宣言によって失
なわれた秩序の再確立を目指したものに過ぎない) 天皇の
人間宣言は、根本規範の否定であり、そのために生じた急性
アノミーは致命的なものになった。頂点における天皇シンボ
ルの崩壊によって、国民は国家意識は古巣である社会構造の
底辺をなす家族・村落・地方的小集団のなかに環流するはず
だった。このことによってのみ致命的な急性アノミーによっ
て生じた孤立感と無力感を癒し、大衆の心理空白を充たすこ
とが可能であるからである。しかし、底辺から天皇制を支え
た日本の基底であった村落共同体は、身分秩序と共同体的生
産様式に内存する矛盾のため解体の危機に直面していた。そ
して、解体を決定的にしたものが高度経済成長だった。解体
した村落共同体にかわって、機能集団が運命共同体的性格を
帯びることになったのである。このような共同体構成からく
る社会的帰結は、第一には、二重規範の形成(共同体的身分
秩序と資本主義的機能集団としての要請という相互に矛盾し
た契機の均衡)、第二には、共同体が自然現象のごとくにみ
えてくること(共同体における規範、慣行、前例などは、も
はや意識的改正の対象とはみなされず、あたかも神聖なるも
ののごとく無批判であることが要求されるようになる。とく
に共同体の機能的必要は絶対師視され、その達成のために全
成員の無条件の献身が要求されるようになる。この共同体の
機能的必要は多くの選択肢の中の一つにすぎないことが意識
にのぼらなくなる。この神聖なる機能的必要に向けられた批
判に対しては、本能的な全身をつらぬく聖なる怒りがむけら
れることになる。この批判拒否症は、規範性を獲得し、つい
に宗教的正当性を具有するまでに高められる。しかし、この
規範性は、客観的な判定基準が盲目的予定調和説的行動を生
んだ社会的基盤であるとともに、両者は相互に補強しあいつ
つ、特殊日本的行動様式の構造的特徴を再生産する。
======================================================
小室さんにしては、大分真面目な(?)論調です。
さて、この本が出たのは23年前になります。当時と最も異
なるのは、会社共同体という旧秩序がガラガラと音を立てて
崩れようとしている現状ではないでしょうか。これは、小生
が昨秋に退職したS電気もそうであり、(かつて、当MLに
S電気の理事職にある先輩の手紙を転載しました。)
また、今朝の東京新聞にマツダの様変わりした様子のレポー
トがありました。大魚フォードに飲み込まれた小魚マツダが、
急速にアメリカナイズしていく様子が手にとるように分りま
した。
こうした状況が良いか悪いかの意見はこの場では控えますが、
一番心配しているのが、行き場が無くなった“共同体”です。
これが今後どのような形で蘇るのか、あるいは消滅するのか、
非常に気になるところです。共同体を固持するという道を選
択しますと、Hさんが心配しているような、かつてきた道を
歩むことになります。逆に消滅させる道を選択するとすれば、
これは戦術的観点からみれば大変な苦痛を伴うはずです。し
かし、戦略的観点からみるとするならば、うまくこれを乗り
越えれば、日本の未来は大変明るいものになるはずです。
脱藩道場の影の参謀役をやって戴いている方々の役目が今後
の日本の進むべき道の戦略的作図とすれば、それを戦術的に
立案し、実行に移すのが政治家や官僚の役目です。そして、
この二者の橋渡しをする者こそ、われわれ脱藩道場の面々の
大切な役目の一つかと思います。
(メーリングリスト【脱藩道場】No.1313号から)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ここに、「共同体」ということば一つとっても、言葉のもつ背景、歴史的な
変遷などに注意しなければならないということが、よくお分かり戴けるかと思
います。このように、ことばのひとつひとつに敏感になるのが、セマンティッ
クスをモノにする第一歩となります。
それから、上記の発言で小室さんが言及している「本」とは、『脱ニッポン
型思考のすすめ』(絶版)のことです。この本が出版されたのは、1982年暮れ
のことでした。今から17年ほど前のことになります。その時期は、1982年に
総理に就任した中曽根康弘のデタラメ政治がはじまり、さらに1985年秋のプラ
ザ合意が円高の引き金になり、日本はバブルに突入していったのは周知の事実
です。その頃から、日本人の価値観が一変してしまったのではないでしょうか
。そして、日本人を拝金一色に染めてしまった張本人こそ、中曽根康弘その人
であったことを記憶にとどめておく必要があります。いずれにせよ、日本人の
価値観に関することばの定義がバブル以降大きく変わりました。このように、
セマンティックスをマスターするためには、社会現象なり歴史に対する鋭い感
覚などが欠かせないというのも、こうした理由によるものなのです。
|
発行部数 643