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日本脱藩のすすめ 第46号
セマンティックス(5)
1999/08/30
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[3] 「契約の概念」のない日本人
小室:つまり、責任に対しての自覚もセマンティックスの意
識もないのは言葉がきちんと使えないからであって、この点
で日本は中国や欧米の支配層と全く違う。言葉がないことで
典型的なのは、日本の契約書を見れば歴然としている。十数
年前からアメリカとの障害が日常茶飯事になってから、契約
書の形式も大分変わってきたとはいえ、昔の日本の契約書な
んていうのは「もし争いが生じた場合には双方が誠意を持っ
て談合する」なんてバカなことが書かれていた。
この後で、小室さんが「俺の目を見ろ、何も言うな」というのが、日本人の
交渉の基本スタイルだったと語っているくだりがあります。(第40号参照)
脱藩道場・編集部もサラリーマン時代に貿易の仕事に従事したことがあり、
インコタームズ(Incoterms = International Rules for the Interpretation
of Trade Terms のこと。貿易条件の解釈に関する国際規則)をはじめ、契約
について学びました。また、最近の話ですが、仕事で契約書を和訳したことが
あります。そして、訳しながら、ここまで書く必要があるのかと思うくらい、
細部にわたる欧米の契約書には辟易したのを思い出します。
こうした背景をもつ欧米人に対して、契約時に「俺の目を見ろ、何も言うな
」では、相手は目を白黒(白青?)させるのも無理ありません。
繰り返しになりますが、契約書も含め、コミュニケーションあるいはロジッ
クとは、小室さんの言う通り、自分と立場や考え方が根本的に違う人を説得す
る道具なのです。それができてこそ、異文化間コミュニケーターと言えるので
はないでしょうか。
ここで、「セマンティックスは、異文化間コミュニケーターには欠かせぬ武
器」であることを改めて強調しておきたいと思います。
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藤原:それに契約の概念だって無きに等しかったのは、数学
がわからなかったからだと思う。数学つまり理の世界はレシ
オで比率が重要であり、契約とは比率の問題を明確にするこ
とだから、責任の取り方の比例配分を決める。
藤原さんの言う、「(日本人は)数学がわからない」とは、どういうことを
指しているのでしょうか?
小室さんが、『超常識の方法』(祥伝社 絶版)のまえがきで次のように述
べています。
多民族の融合によって成る欧米社会にとって、民族的、個
人的感情を超越した明確なる基準、つまり社会的規範の存在
は不可欠であり、しかも、その成立過程に西洋近代精神も育
成されたのである。では、その規範は何に準拠するのか。実
は「数学の論理」こそ、その根底にあると言える。たとえば、
欧米が契約社会であるはご存じのとおりだが、この「契約の
精神」は、まさに数学の「集合論」そのものなのである。ま
た、「必要条件と十分条件」の基本がわかならければ、欧米
社会の基盤である「キリスト教の精神」は理解しがたい。要
するに、数学の基本にある発想法を身につけなければ、
西洋のメンタリティの骨子は克服できないと断言してよい。
好むと好まざるとにかかわらず、欧米との交流が日常茶飯
事となった今日の日本において、彼らの社会に対する評価と
は無関係に、西洋の論理に精通することは、「彼を知り己を
知らば、百戦殆うからず」の譬とおり、最も必要なことであ
る。それと同時に「数学の論理」は、ひじょうに単純明快、
それを使えば「常識」を超える力、つまり創造力を培う強力
な武器になるのである。
この小室さんの文で、「数学がわからない」という意味が、おぼろげながら
も掴めて戴けたのではないでしょうか。この一文からも、数学思考を身につけ
ていくことが、脱藩を志す者にとっては不可欠な修行のひとつであることは明
らかです。
ここで、小室さんの言う、「数学思考」なるものをさらに敷衍してみましょ
う。
最初に、数学イコール論理(ロジック)である、とうのが現代数学の常識に
なっています。そして、さらに数学イコール集合学ということも、同様に現代
数学の常識です。したがって、集合学イコール論理学ということになります。
つまり、集合論の議論ができることは、とりもなおさずロジックを駆使したコ
ミュニケーションができるということに他なりません。
集合論は学校で習っているはずですが、ここで簡単に集合論のおさらいをし
ておきます。
手許の『数学再入門』(林周二著 中央公論社)を紐解きますと、「さま
ざまな数などの集合についての性質を研究する数学の分野を、数学の世界では
‘集合論’という」(p.426) と定義しています。
言葉を変えれば、いかなる対象も集合として取り扱えるということです。た
だし、この場合は、集合として成り立つものだけに限ります。つまり、「ある
要素が集合に属しているのかどうか、ということが一義的にわかる」のが集合
です。
例として、集合として成り立つものとして、「動物」(全集合)と「人間」
(部分集合)があります。人間と他(たとえば、猿)との区別は明白です。ま
た、さらに次元を下げて、「人間」を全集合としますと、「男と女」という各
々の部分集合もそうです。男と他(女)とに区別できるからです。
逆に、集合が成り立たないものには何があるか。それは、上記の例からいえ
ば、「大人と子供」があります。これは集合にはなりません。なぜかと言うと
、大人と子供の区別がはっきりしていないからです。(但し、「民法上の規定
による成年からを大人とする」という具合に定義を明確にすれば、これは立派
な集合になります。)
この集合という概念が、社会に根づいているかどうかで、その社会に規範が
あるのかどうかがわかるのです。
さて、日本社会には、規範があるのでしょうか?
ここで、日本社会は社会的規範がない社会、つまり、論理ないしは数学的考
え方が欠落しているという証明をしたいと思います。
例として、結婚制度を例をあげてみましょう。
数学発想の観点から見ますと、キリスト教圏国、イスラム教圏国などには結
婚制度があり、かつ、妻の定員が決まっています。キリスト教徒の妻の定員は
一人以下、イスラム教徒は四人以下という具合にです。そして、それ以外の女
性は妻ではなく、妾というふうに厳密に区別されています。つまり、妻のよう
であり、妻でないようでもあるといった、あいまいな形は存在しないというこ
となのです。
従って、妾の子には、王位継承権がなく、また、財産相続権もないというこ
とになります。
翻って日本ではどうでしょうか。
これには、本妻以外にも内縁関係の‘妻’がいたりするケースが昔は多かっ
たようです。時には、本妻を追い出して、その座に取って代わることもありま
した。また、現代でも内妻という存在があります。このように、妻のようであ
り、妻でないようであるといった、あいまいさが伝統としてあることは否定で
きません。
また、結婚と関連して、相続に対する概念も日本ではあいまいです。
日本では、相続はその場の状況によって変ります。
たとえば、血縁相続が鉄則であったはずの徳川幕府が好例です。四代将軍家
綱が死んだ後の五代将軍を誰にするのか。綱吉にするのか、京都から迎えるの
かで大論争になりました。また、十三代将軍家定の次の将軍を決める時にも、
家茂にするのか慶喜にするのかで紛争が勃発し、徳川一門、親藩、外様大名の
薩摩藩主・島津斉彬までが介入しています。血縁相続がはっきり決まっていれ
ば、起こり得ない事態でした。
将軍継承は、血縁相続なのか、実力や才能による相続なのか、前将軍が次期
将軍を指名するのかといったあたりの、原理原則がありません。
このようにしてみると、日本には、社会的な模範が存在していないというこ
とがよくわかります。ここに、模範のない社会ついて鋭く考察した小室さんの
名著、『危機の構造』の一読をすすめる理由があるのです。
そして、この機会に、高校時代の数学の教科書を引っぱり出し、数学を勉強
し直してみては如何でしょうか。意味論(セマンティックス)を体系的に学ぶ
ときに役立つだけでなく、読者の英語によるコミュニケーション能力向上に威
力を発揮するはずです。
再来週も引き続き、セマンティックス・シリーズをお届けします。
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