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               日本脱藩のすすめ  第52号
                
                 セマンティックス(8)

                                                       1999/10/11
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[6] 外交知らずの日本の政治家と外交官

      藤原:外交ではノーと言ったら駄目で、 
      "Don't say no, always negociable" 
      が金言になっているんだ……。


 今回は、外交を中心に取りあげます。ここで、編集部(主幹)がセマンティ
ックス・シリーズの一環として外交を取り上げたことについて、読者の中には
セマンティックスと外交と一体何の関係があるのだろうかと、疑問を抱く人も
いるかもしれません。

 答を先に言ってしまえば、それは、セマンティックスが出来ないということ
は、同時に外交が出来ないということを意味するからに他ならないからです。
そのあたりは、メールマガジン【日本脱藩のすすめ】第40号の[意味論音痴
が日本を亡ぼす]を熟読した読者には、自ずと分かって戴けるものと確信しま
す。
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/rb3/nobuo-km/dojo/magmag/mag40.html

 それから、外交に関する名著の一冊に、フランサワ・ド・カリエールの著し
た『外交談判法』(岩波書店)というのがあります。この本は、編集部(主幹
)が座右の書としている本であり、外交について書かれた名著の一冊として評
価されててる本です。
 この本は外交だけでなく、日常生活の指針となり得る名言も数多あり、視点
を変えれば、我々の日常は交渉の連続と云っても差し支えありません。それだ
けに、この本の中に我々の心に響く言葉が多いというのも頷けるところです。
たとえば、以下の如くです。

「交渉家は、軽々しく約束をしてはならないが、一旦約束したことについては
几帳面に実行しなくてはいけない。ひとは、断わられた場合よりも、約束が守
られないことについに対して、一層はげしく腹を立てるものである」

「人間というものは、自分に対して役に立とうとしてくれているものに対して
は、こちらも進んで親切にしたくなるものである。そして、相互に親切にしあ
うことこそ、友情の最も確実で長つづきのする基礎である。」

 さらに、外交は何も外交官の専売特許ではありません。国際化社会を生き抜
いていかねばならないビジネスマンにも求められる資質の一つです。

 ここで、ビジネスマンにとっての「外交」とは、交渉のことを指します。交
渉というと、思い出すのが、第一回の脱藩道場総会です。編集部がディベート
の大切さをその場に参加した人たちに対して主張したところ、藤原肇さん(国
際政治コメンテーター)が、「いや、これから必要になるのは、交渉力だ。」
と反論してきました。
 藤原さんが、ディベートにこだわると、勝ち負けにこだわり、ディベートの
ためのディベート、議論のための議論になってしまうのを恐れて忠告してくれ
たのは明らかです。
 
 交渉は、相手を論破するよりも、相手を説得しなければならないだけに、デ
ィベートよりも困難を極めます。
 確かに、相手を論破しても、相手が心の中で論破されたことを恨んだり、こ
ちらの話に心から納得してくれたのでなければ、いくら議論に勝ったところで
意味がありません。

 また、交渉というと、編集部(主幹)が真っ先に思い浮かべるのがユダヤ人
です。

 優れた交渉家にユダヤ人が多いのは、偶然ではありません。ユダヤ人は二千
年もの間、世界を放浪してきた民です。言葉も違い、文化も違い、宗教も違い
思考・行動様式も違う異国の地で賤民として蔑まれながら、生き抜くことがで
きたのには、教育・富など色々と理由があることでしょう。そして、ご存知の
通り、科学、政治、ビジネス、芸術などの多くの分野で偉業を遺したユダヤ人
が大勢いるのはご存知の通りです。それは、外交家にしても然りです。

 そうした外交家の一人として、元米大統領ニクソンとコンビを組み、世界を
動かしたユダヤ系アメリカ人、キッシンジャーがいます。
 キッシンジャーの人物評価はともかくとして、交渉家としてみたキッシンジ
ャーから学ぶことが多いと思いましたので、今号取り上げる外交家の一人とし
て、登場してもらうことにします。
 なお、編集部(主幹)がキッシンジャーを取り上げるにあたり、他の編集部
員から、「キッシンジャーは、三流の政治家だ。メールマガジン【日本脱藩の
すすめ】にわざわざ取り上げる価値があるのだろうか」という指摘がありまし
た。それに対する編集部(主幹)の答は、「今号では、あくまでもキッシンジ
ャーの外交技術のみを取り上げるだけである」ということで、納得してもらっ
ています。外交技術に絞った場合、まだまだキッシンジャーから学ぶべき点が
多いのです。


 最初に、西洋人は交渉や会話というものを、熾烈な戦いとして捉えているの
が普通です。したがって、人に会う前や交渉の前には念入りな準備をしておく
というのが常識になっています。
 彼らの交渉や会話を見ますと、当意即妙の応答、丁々発止の応酬、ウェット
を交えた論争と、いかにも自然にやっているように見えますが、その裏ではか
なりの努力を積んでいるという事実を肝に銘じておくべきなのです。

 フォード前米大統領が京都の二条城を訪れた時、案内嬢に大政奉還の年をた
ずねたことがあります。ところが、その案内嬢は答えることができません。す
ると、同行のキッシンジャーが、「1867年」と直ちに答えたという逸話があり
ます。キッシンジャーにとって、訪日する前に膨大な資料に目を通し、日本に
ついて調べておくのは当たり前のことであり、身についた習慣だったのです。
 同じフォード前大統領が、「宮中の晩餐会ほど退屈した食事は初めてだ。周
りの日本人は何も喋らなかった」と言ったそうです。国民性もありますが、会
話で相手を楽しませるための準備という習慣がないのも一因でしょう。このあ
たりは、キッシンジャーに学ぶところがありそうです。

 キッシンジャーは自著、『キッシンジャー秘録』で、「交渉の秘訣はすべて
を知りすべてに答えること」と語っています。これは、交渉の秘訣中の秘訣と
云えますが、さらに、次のようなこともキッシンジャーは述べています。

     交渉の秘訣は綿密な準備をすることである。問題の実務面
    だけではなく、そのニュアンスも知らなければならない。交
    渉相手の真理とねらいを調べ、どうすれば双方の主張の一致
    点を見い出すことができるかを見定めなければならない。
     交渉者は、こうしたことすべてに精通していなければなら
    ない。なぜなら優柔不断の印象を与えれば、相手はためらう
    か非妥協的な態度をとるからである。交渉のテーブルに坐っ
    たら、即座に返答できなければ権限がないのだと相手に思わ
    れてしまう。

 ここで、綿密な準備とは、すなわち情報収集とインテリジェンスのことを指
しているのは明らかです。確言すれば、情報は力なりとも云えます。

 長年にわたったキッシンジャーの外交生活で最大の成果は、中国との和解交
渉であることは異存はないと思います。このあたりの逸話を述べていくことで
臨場感に富んだ外交の一例を取り上げてみましょう。
 
 キッシンジャーは、一般のアメリカ人交渉家にはない、交渉スタイル・哲学
を持っていました。これは、キッシンジャーが15歳までドイツで生活をして
いたことと無縁ではありません。
 当時(1971)、アメリカの中国専門家米中冷戦が当分は続くと予測していた
のに対し、キッシンジャーは、中国政府の微妙な変化を読みとっていました。
すなわち、中国は従来のアメリカとの敵対関係を緩和せざるを得なくなりつつ
あるという変化をです。
 地政学的観点から当時を振り返ると、次のようなことが言えます。

    「当時6400キロに及ぶ中ソ国境でソ連軍が増強されつつあっ
    た。すると、当然中国としては、新たな対抗措置を取らざる
    をえなくなった。
     様々な選択肢から検討するに、最も有効な方法が、先に述
    べたアメリカとの敵対関係の緩和でした。すなわち、中国は
    アメリカ・カードを使うことでソ連に対抗できるのです。
     一方、アメリカにとってもソ連を牽制するためチャイナ・
    カードが必要でした。」

当時、中国が今までの20年間の対米路線を変える可能性があることをキッシ
ンジャーは敏感に読み取っていたのです。
 
 現時点で歴史を振り返れば、当時の中国が路線変更を狙っていたことが理解
できますが、1971年の時点で、そこまで中国の微妙な変化を見抜いた人はほと
んどいなかったのです。キッシンジャーは、その微妙な変化を読みとっていた
数少ない一人でした。

 これは、外交家としての独自の外交哲学・史眼・地政感覚を持っていたキッ
シンジャーだからこそ、成しえたことであり、当時の状況の把握、自国と中国
のニーズと新たな関係樹立の可能性などについて正確に理解していたことが、
中国との和解に至る重要な決め手になりました。

 中国との和解成立の可能性ありと己れのインテリジェンス能力をフルに活用
して判断し、戦略・戦術を立てたキッシンジャーは、まず、友人を介して中国
と極秘に接触を開始しました。すると、どうなったか。
 キッシンジャーの友人から打診を受けた中国は、エドガ・スノー(高名な中
国専門家)を国慶節に招き、毛沢東と並んでパレードを観覧させたのです。こ
れこそが、中国が交渉をやりましょうというシグナルだったのです。
 それに対し、ニクソンはTIMEとのインタビューで、次のような発言を残
しています。

     「中国が国際社会で実際的な役割を果たすには、今後十年
    間でも無理かもしれない。しかし二十年間もたてば状況はず
    っと改善されるだろう。死ぬ前に私がしたいことがあるとす
    れば、それは中国を訪問することだ。私がだめなら私の子供
    たちに行ってもらいたい。」

 これが、ニクソンの「OK、交渉を始めましょう」というシグナルでした。
また、TIMEとのインタビューの他、ニクソンは様々なシグナルを中国に送
っていますが、ここでは省略します。
 考えてみれば、エドガ・スノーといい、TIMEのインタビューといい、こ
れらは全て誰もが目にすることかでき、入手することができた情報でした。し
かし、そこから米中接近の兆しを読み取ることができた人は、当時ほとんどい
なかったのではないでしょうか。実は、ここにもインテリジェンスの重要性が
隠されています。すなわち、個人の持つインテリジェンス能力を駆使すれば、
米中関係の変化をはっきりと見抜けたということです。

 キッシンジャーの交渉の相手は周恩来でした。周恩来は当時の中国では一流
の政治家・外交家でしたが、その周恩来とキッシンジャーの手に汗を握る外交
シーンは、以下のようなものだったのです。

     キッシンジャーは周恩来の言ったことにちくいち反論をは
    じめた。一段落終ったとき、周恩来はキッシンジャーを軽く
    押しとどめていった。
     まず昼食にしましょう。料理のアヒルが冷めてしまいます
    よ。
     北京ダックの食事の席でムードは一変した。
     周恩来は交渉の席での緊迫したやりとりは忘れたかのよう
    に、うって変ってにこやかで機知に溢れるジョークを放って
    昼食のムードを盛り上げた。この雰囲気の盛り上げ方は、さ
    すがに周恩来の方が一枚上手かもしれなかった。周は昼食を
    利用して局面の打開を狙ったのだ。皆の心の緊張をときほぐ
    し、交渉の目的を今いちど双方が冷静に考える余裕をあたえ
    るようとしたのだ。
     周恩来の人間の大きさがここにみられた。彼は、交渉の過
    程で一喜一憂することなく、いつも平静を保っていた。彼は
    交渉中激昂して机を叩くこともなかったし、席をたつことも
    なかった。決して怒りに負けることはなかった。交渉には山
    もあれば谷もあることを知ってており、緊要の後には弛緩の
    時が必要であることを知っていた。
     昼食後、キッシンジャーは再び反論をはじめた。一時間も
    すると周恩来は突然、あっさりと、ニクソン大統領の訪中の
    時期は来年の夏にしよう、と提案した。訪問の時期以外につ
    いての残されている問題は何もないような、非常にあっさり
    とした口振りであった。
     周恩来は明らかに昼食後のタイミングを狙ってこの話をも
    ちだしたのだった。キッシンジャーもこれにのった。この時
    点で周恩来とキッシンジャーの会談は大きな山を越えたので
    ある。
     周恩来の場面転換の巧みさとキッシンジャーの鋭い感受性
    が、会談を破裂から救った。二人の交渉者のパーソナリティ
    と人間のスケールがものをいったといえる。
               (『ユダヤ式交渉術』矢部正秋著)

 多くの読者に、この機会に交渉について関心を高めてもらえれば、嬉しく思
います。


 再来週もセマンティックス・シリーズ(9)をお届けします。




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■■■ 第3回 脱藩道場総会のご案内
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 恒例の脱藩道場総会を開催致します。

 参加を希望される方は、氏名、住所、電話番号を必ず記入の上、下記のメー
ルアドレスにお申し込みください。参加申込書を受け取り次第、会場のご案内
等をお送り致します。なお、メールの表題は[参加申込]としてください。

・日時:10月23日(土)の午後1時から7時

※参加申込先:webmaster@dappan.org



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■■■ メーリングリスト【脱藩道場】のご案内
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 現在、メーリングリスト【脱藩道場】において、セマンティックスが主要テ
ーマの一つとして取りあげられています。この機会に是非ご参加ください。

    ★メーリングリスト【脱藩道場】へのメールによる参加方法★

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    (2) 本文の二行目に、stopと入力してください。本文には、
      著名等は入れないでください。 
    (3) 最後に、dappan-request@mx5.dns-ml.co.jp 宛てに送信
      すれば登録完了です。

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※メーリングリスト【脱藩道場】に関するお問い合わせ:
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■■■ 資料・図表
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  ※ 今号は、第40号の【意味論音痴が日本を亡ぼす】がベースです
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   ※ 第40号のバックナンバーは、下記にファイルしてあります。
   ◆ ホームページ【日本脱藩のすすめ】 http://www.dappan.org/
   ◆ インターネットの本屋さん[まぐまぐ] http://www.mag2.com/



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■■■ 【編集室から】 葛巻 岳
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  グローバルスタンダード、市場主義の時代。時代の変革期にあって、日本人
には根本的な発想の転換が必要とマスコミは訴えています。しかし、既成概念
と化しているこれまでの発想の鎧をどう取り除けばよいのか。なにか思考法を
改める手がかりは無いのか。
 そんなことを考えていると、日中戦争勃発をはさむ6年間、聯合通信の上海
支局長として活躍したジャーナリスト松本重治氏の回想録『上海時代』に以下
のようなエピソードを発見しました。松本氏と親交のあった新渡戸稲造の話で
す。

        先生(新渡戸)は終生私の忘れ得ない教訓を与えられたよ
    うに思う。
        「君、センス・オブ・プロポーションということを知って
    いるかね。大きいことと小さいことを識別する能力のこと
    だよ。イギリス人は、この能力に強いが、日本人は残念な
    がらまだ弱い」。また、「松本君、グラスプ・オブ・シン
    グズという言葉を知っているかね。人生の問題でも、社会
    政治の問題でも、問題は複雑に定まっている。物事や問題
    の核心を把握することだよ。そうすれば、どうすればよい
    かが、おのずと判ってくるものだ。これにも、イギリス人
    というか、アングロ・サクソンの人々というか、彼らは強
    いのだよ」。
                     (『上海時代 上』松本重治、中公文庫p.79)

 「大、小を見分ける能力? 」それくらいはありそうな気がする。「問題の核
心を把握すること?」そんなことは判っているよ。イギリス人が優れている?
なんだかしゃくだな。などと言いたい気がしますが、こうしたことが私にはで
きていないのかも知れません。秋の夜長、しばし思いを巡らすにふさわしい一
文ではないかと感じた次第です。 




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